本棚整理と、蔵書の処分に明け暮れた月でした。 読書もほとんど出来なかったわりに、整理が一段落してから拾い読みで10冊くらい読んだ。 ただし、そちらは煩雑になるので勘定に含めず、リストアップするのは下記にとどめます。 段ボールにしまい込んでいた良書に再会できたのは何よりも嬉しい。 そんな本の一冊が『たとえばの楽しみ』(出久根達郎)。 「三十分で十冊分「つまみ読み」も愉し」という章があり、そこにこうある。 「本というものは、片づける際が一番よく読める」 古本屋商売の仕事ぶりを紹介する一文だが、こんどの整理で身にしみた。 いつか読もうとしまい込むなら、こんなことはしない。 手放すか、そのまま蔵書とするか。 決断の一瞬。 整理するときの心構えがちがう。 たしかあのときは、12時間で数百冊分は拾い読みしたようだ。 結果として、600冊ぐらいの本を手放し、ほとんどの雑誌は捨てた。 こういうときの涙がわかる人はどのくらいいるだろう。 三十五年ぐらいのつきあいの本も手放した。 あああぁぁ、哀しいね。哀しいね。 (昭和の人だけ笑ってください。) 下記は、いちおうまともに読んだ本の一覧です。 『ヘラクレア物語―ギリシャ女戦士伝説』(B.エブスリン) 『春宵十話』(岡潔) 『人生の大局をどう読むか』(藤沢秀行) 『勉強の仕方』(米長邦雄/羽生 善治) 整理中にすごい奇書を掘り出した。 中国の明代の俗語小説の翻訳らしいが、中国語愛好者では「幻」とよばれる本であることが分かった。 どこが「幻」かというと、第一にかなりトンデモ本に近い。 第二におそらくちゃんとした本が好きなまっとうな人なら、まず買わないであろうレベルの本であること。 第三に、守備範囲が広い読書家ならそそられずにはいられない怪しい気配が立ちこめていること。 どうです。 かなり、「幻」の雰囲気がおわかりいただけたのではないでしょうか? すでに絶版らしいが、その筋(エロ小説ではありません、ごく一部の物好きなという意味です)の中国語愛好家にはかなり注目されている本だそうです。 『北遊記』(竹下ひろみ訳、エリート出版社) 『東遊記』(竹下ひろみ訳、エリート出版社) 『南遊記』(竹下ひろみ訳、エリート出版社) 竹下ひろみ先生とエリート出版社という名前は、一部マニア(繰り返しますが、駒田信二先生の中華好色小説ではありません)なら知らないひとはいないそうです。 (数学的に、この集合概念はおかしいですね。ははははっ。) 詳しい紹介は別の機会に譲りたいと思います。(汗) さて、下記は目下読書中および再読中の本。 海援隊と龍馬の人生の復習が、四月中の読書で終わったので、いまは幕末を生き延びた人々が明治でどう生きたか興味があります。 "Blink" (Malcolm Gladwell) 『翔ぶが如く』(司馬遼太郎)(再読中) |
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