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■    ■                                      No.011  01/04/01    
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■        ■      ドラゴニア通信                                  
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==== Index ===================================================

01: 先週のお薦め読書日記
02: 特別企画「法然という生き方」
03: 編集後記

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◆ 先週のお薦め読書日記

  今週も更新しませんでしたね。
  夜桜見物にでかけたせいで、仕事が詰まってしまったのが敗因です。

  でも、うまい地酒は飲めたし、夜桜はきれいだったし、文句は言えな
い。またがんばります。

  夜桜とは関係ないけれど、昼休みに新宿御苑で花見をしながらお弁当
を食べた顛末がこれ。
  サクラはいいなあ。

   「新宿御苑でカラスと花見する」
    http://www32.ocn.ne.jp/~thkudo/page/dy/d23.htm#30

  しかし「満開の桜の木の下には死体が埋まっている」と書いたのは、
梶井基次郎だったと思うけれど、新宿御苑の多士済々な(つまり多品種
の)サクラをみておると、どうもそういうのは「ソメイヨシノ」だけな
気がします。

  江戸時代までのサクラは「ヤマザクラ」というのが主流で、いまわた
したちが普通にみる品種「ソメイヨシノ」とは違って、狂気を帯びた妖
しさはない。
  わたしが生まれた北海道は道南地方をのぞいて、いまでも「(エゾ)
ヤマザクラ」が主流なんで、気が狂いそうな妖しい桜を見たのは、高校
時代をすごした函館がはじめてでした。

「ヤマザクラ」は清楚な感じなんで、狂女が哄笑しているような妖しさ
はありません。

  江戸のお花見も、明治以降ほどは騒がしくなかったのではないか。
  そんな気がしてなりません。

  週末によせばいいのに、「福岡の捜査状況漏洩事件」と「薬害エイズ
事件」について書いてしまいました。

   「裁判官に人情を教わる」
    http://www32.ocn.ne.jp/~thkudo/page/dy/d23a.htm#31

  世間が責めている人を「水に落ちた犬」といいますが、それを打つの
はいけないことです。
  しかし、報道された法律関係者の意見があまりにも面白かったので、
ついおちょくってしまいました。
  反省(?)しています。


   「法律という論理の不思議」
    http://www32.ocn.ne.jp/~thkudo/page/dy/d23a.htm#31a

  これはあの奇奇怪怪な判決を「なぜだあ!」と考えるために、判決文
を何度も読み返して、判決理由を分析したもの。

  うちの読書日記は新聞・雑誌まで視野に入れているので、ときどき時
事ネタらしきものの書きます。

  ただこの日記に関しては司法関係者を決しておちょくっているわけで
はなく、わたしなりにマジメに考察したものです。
  そのうちじっくりと「法の精神」というものを考えてみたいもんだと
痛感しました。

                                            (了)

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◆ 特別企画「法然という生き方」

  突然、タイトル変更して申し訳ありません。
  じつは本日、図書館に借りていた本を返すために、朝6時から起きて
こむずかしい本を二冊読んでしまいました。
  本は無事読了して、図書館に返してきたのですが、もー体力の残高ゼ
ロなのです。
  残念ながら、「21世紀に読み継ぎたい作家」(フロイト編7)はお
休みします。

  その代わりといってはなんですが、本日読了した本の一冊について書
きます。
  それは「法然全集1」(大橋俊雄編 春秋社)という本です。

  昨年から法然房源空という人と、その弟子たちの書いたものを読んで
きました。
  ちなみに法然房源空とは、法然さんの本当の名前です。
  弟子ではなんといっても親鸞。一冊本の全集を手に入れて、ほぼ読了
しました。
  法然さんの書いたものも、「和語灯録」という和文で書かれたものは
読了しています。
  読み残していたのが、「漢語灯録」という漢文で書かれた著作(講
話)集に納められた浄土三部経(「無量寿経」「観無量寿経」「阿弥陀
経」)関係の説教です。
  このあいだ読んだ「逆修説法」もそのひとつ。

  今日読んだのは、以下のもの。
  「往生要集釈」
  「三部経大意」
  そして、
  「無量寿経釈」
  「観無量寿経釈」
  「阿弥陀経釈」

  前のふたつは恵心僧都源信の「往生要集」についての注釈と、浄土三
部経の大意を講釈したもの。
  これもなかなか大切な文書ですが、あとの三つにはかなわない。

「無量寿経釈」「観無量寿経釈」「阿弥陀経釈」の三つは、奈良の東大
寺で行われた説法の記録です。
  時期は、源平の合戦で奈良の東大寺が焼け落ちた後。俊乗房重源が指
導のもと、再建中の東大寺講堂で、法然さんは重源に頼まれて説法をお
こなったのです。
  この説法は、事実上、浄土宗の開宗宣言ともいえる重要なもの。
  これをやっと読むことができました。

  自慢めいたことを書くと、これで法然さんがこの世に残した文書はあ
とひとつを残して全部読んだことになる。残りは「醍醐本 法然上人伝」
という伝記に収められている「三昧発得記」という短いもの。
  この「醍醐本 法然上人伝」というのがどの本に納められているかわ
からない。

  「四十八巻伝」という法然さんの伝記を集大成した伝記と、その絵巻
物も読んでいるのですが、これを収録した全集版にも、絵巻物全集(中
央公論社版)にもなかった。
  目下鋭意、調査中です。

  さて、この開宗宣言は現代人の眼からみると、ちょっと風変わりです。
  というのも、「わたしはこう思う。ゆえに……」という論理の展開は
ない。

  全編にわたって「中国のだれそれがこう言った」「インドのだれそれ
がこう言った」「なんとかいう経典にこう書いてある」という具合に、
自分が思いついたわけではなく、いっさいはインドか中国の誰かさんの
受け売りであると言っている。

  西洋の論文に馴れた目からみると、えらく独創性のない人に見えます
ね。じじつ、法然は独創的な思想家ではなく、中国の浄土宗を書物だけ
で輸入した学者だという説が世間ではまかり通っている。
(以下、法然さんからさんづけを省略します)。

  でもね。これは大嘘。さもなければ、大間違い。

  中国に思想的に浄土宗なるものがあったのか?
――という素朴な疑問を提示してみましょう。
  仏教学者さんたちは「あった!」というでしょう。
  そしてインドの世親、中国の慧遠、曇鸞、道綽、善導という名前を教
えてくれるはずです。

  確かにこういう人たちはいた。そして念仏結社を作り、阿弥陀信仰を
広めた。
  それは事実です。しかし、それは法然が開いた浄土宗とはちょっと違う。
  慧遠などは、自分とは違うとは法然自身が言っている。

  法然によれば、曇鸞、道綽、善導、懐感、少康といった師弟関係で自
分のいう教えは中国に受け継がれていた。
  この五人を「浄土五祖」と法然は呼んでいます。

  しかし、これをそのまま事実と受け取ることはできない。なぜなら、
始祖・曇鸞とニ祖・道綽には一面識もないからです。二人は生前会った
ことがないのです。
  生前に師匠から教えを受けて法の流れを継承するという仏教の建前か
らしたら「中国浄土宗」など初めから存在できるわけがない。

  そして最近の研究でわかってきたのは、「浄土五祖」というのは中国
の発明ではない。法然が言い出したことです。
  京都嵯峨の二尊院には重要文化財として「浄土五祖像」という、上の
五人の中国浄土宗の祖師たちを描いた画像があります。
  これは、法然が重源に頼んで、中国から持ってきてもらったものです!

  さらに凄いことには、中国には「浄土五祖像」なんて画像は他にない。
不思議なことに日本にだけある。

  この画像は当時成立していた禅宗あたりの禅僧たちの肖像画だとわか
っています。

  おわかりですか。
  たしかに、この五人の僧はいた。しかし、かれら全員が師弟関係にあ
って師匠が弟子に教えを伝えたわけではない。
  少なくとも、曇鸞と道綽のあいだには文字(文献)による接触しかあ
りえない。

  これらの人々を点から線へと、変換してみせたのは法然の手品なので
す。

  なぜ法然はそんなことをしたのか?
  ここに、今回のエッセーのテーマがあります。

  つまり「自分が考え出した」なんて言ったがさいご、法然の教えは誰
からも相手にされなくなるからです。平安仏教において真理はすべて海
の向こうにある。

  今日読んだ「無量寿経釈」「観無量寿経釈」「阿弥陀経釈」はまとめ
て「三部経釈」と呼ばれています。面倒なので、以後はこう記述します。

  ここで法然は自分は善導の論文にしたがって、阿弥陀如来の救いに全
てを託するとはっきり宣言しています。
  つまり、善導の論文をヒントに、自分は阿弥陀如来の救いにあずかる
方法を発見したと宣言したのです。

  しかし、わずか四年後の「逆修説法」では「浄土五祖」をでっちあげ
ている。
  こうでもしないと、当時の僧侶・信者を納得できないからです。

  師匠・法然上人に騙されて地獄に落ちてもかまわないという親鸞のよ
うな弟子はほとんどいないのです。みんな、教えの正統性をインド発祥
か中国原産であることに求めている。

  浄土真宗や禅宗の坊さんの跡取り息子が、大学の印哲なんかに入って
パーリー語でもかじると、原始仏典に書いてあるシャカの言葉だけをふ
りまわして、自分の飯の種の大乗仏教を否定する。
  傍から見ると、バカにしか見えないけれど、本人は大マジメ。
  まあそんなもんですね。

  というわけで「浄土宗」という法然の独創性は完全に隠された。だか
らこそ、インテリから庶民にまで受け入れられた――これが真相です。

  翻って考えてみれば、空海が日本に持ってきた真言密教。
  なるほど儀式や祭式道具の知識は、中国経由のインド原産かもしれな
い。しかし、体系的な密教理論ともいうべきものが、中国にはなく、なぜ
空海の書いたものの他にないのか。

  いくら中国の人が空海が学んだといったところで、真言密教という理
論的世界観を作り上げたのは空海だという証拠なのではないでしょうか。

  こういうことを考えると、この国でもっとも独創的な仕事人はおのれ
の独創性を隠すすべを身に付けていないと駄目らしい。

  官公庁・大企業はいまでもそうだけれど、日本発の技術を信用しませ
ん。海外で評価を受けた技術じゃないと受け入れないのです。

  だから日本人の書いたものは、ごく最近まで「自分が考えた」という
のはダメなんです。あのバカが俺よりえらいわけがないと、知識人を自
負する人間はみんな思っていますから。

  そのかわり「海外のだれそれがいっていた」というと、なんだ、そん
なことはオレは昔から知っていたよという顔をする。

  だからというわけではないけれど、日本で世界に誇れるような独創性
を発揮した人は海外渡航が自由に出来た明治以降でないかぎり、その独
創性を隠すように努力をしていたに違いないと思うのです。

  法然という天才の行き方は、まさにそれでした。

  蛇足ではありますが、最後に一言。
  そんな人を発掘して、世の中に紹介したい。
  物書きとして、わたしが目標にするのはそういうことです。

                                            (了)

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◆ 編集後記:

  先週は森首相を見直しましたが、やっぱりあの人はそーとーな○○で
すね。お父さんの遺徳で政治家になれただけの人だとよくわかりまし
た。(笑)

  さて、今週もハードなお仕事でした。
  ついでに週末はハードな読書に励んでしまった。
  インプットが忙しくなかなかアウトプットできません。(笑)

  その分エネルギーが蓄積しているので、書き始めるとえらくとばして
しまいますね。週末の司法問題についてのエッセーはあきらかにハイに
なりすぎている。

  まあ、こんな調子ですけど、よろしくお願いします。

  では、また来週。

            工藤龍大

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