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■    ■                                      No.026  02/02/17    
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■        ■      ドラゴニア通信                                  
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==== Index ===================================================

01: 発行再開のご挨拶
02: 未来JiN補完プロジェクト(1)
03: 編集後記

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◆ 発行再開のご挨拶

  昨年のクリスマス・カード以来、ひさびさに発行できました。
  ホームページ更新もメルマガ書きも、けっきょくは体力勝負です。
  少々くたびれたせいか、なかなか進まない。
  乏しい中年の体力をふりしぼって、また書いてゆきます。
  HPともども、これからもよろしく。

  ところで、昨年は企画連載「21世紀に読み継ぎたい作家」はフロイ
ト編の終了で、いったん完結しました。
  今年は趣向を変えて、「未来Jin補完プロジェクト」と銘打ってこ
の惑星(ほし)の未来をになう若い衆(対象年齢 5歳〜18歳:男女
不問)に向けて、読書案内をすることにしました。

  中年の星であるこのメルマガ読者の皆さんは(笑)、とうぜん「若い
衆」のお父さん・お母さんの世代にあたる。
  ここで紹介する本を、お宅の若い衆や、ご近所、親戚の若い衆に、
ぜひ読ませてあげてください。

  わたしはマンガ世代・アニメ世代ついでに特撮世代なので、選ぶ
作品はもちろんマンガ、アニメ、特撮も含みます。
  だってねぇ……
  この半世紀、小説よりもマンガやアニメの方がずっと素晴らしい
作品を世に送ってきた。
  手塚治虫という評価のさだまった人は別として、わたしが個人的にも
っとも影響を受けたクリエイターは、石森章太郎・水木しげる・宮崎
駿・高畑勲でした。
  司馬遼太郎というわが導師は別にして。

  だからといって、別にお子ちゃま向きの児童文学なんて訳じゃない
です。
  わたし自身、司馬作品を生まれてはじめて読んだのは、小学校五年生
で作品は『国盗り物語』。
  子どもは本質的に良いものはわかるのです。

  だから「こんなのが子どもに読めるか!」なんて心配は無用。
  親が思っているより、子どもは賢いものです。

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◆ 企画連載:未来JiN補完プロジェクト(1)

【サイボーグ009】

  いまテレビ東京で石森章太郎(石ノ森に改名する前)の名作『サイボ
ーグ009』をアニメ化して放映しています。
  これは原作に忠実なバージョンのようです。一回しかみていないので、
きっぱりいえないのがつらい。

『009』は、石森(懐かしいので、以降この名前で通します)作品
のベスト・オブ・ベストです。
  石森作品のあらゆる要素がすべて詰まっている。

  わたしは幼稚園くらいからマンガを読んで字を覚えたマンガ読みです
が、もし「いままで読んだマンガでいちばん美しいシーンは?」と聞か
れたら、答えはきまっている。
『サイボーグ009』で、009=島村ジョーと、002=ジェット
が宇宙空間から大気圏へ突入するシーン。
  二人の身体は摩擦熱で燃え上がり、流れ星のように地上に落ちて行く。

  地球上の戦争を操る死の商人「ブラック・ゴースト」を倒して、宇宙
空間に放り出され、地球に落下する009。それを生命がけで助けよう
として、ともに一緒に大気圏に突入してしまった002。
  助かるすべのないサイボーグたちの死への道行き。
  これだけでも、かなりうるうる来る。

  ただ、それだけじゃ「いちばん美しいシーン」とはいえない。
  メインは、そのあと。

  炎に包まれたふたりの身体が流星となって、夜空をよぎる。
  その流れ星を見上げるひとりの少女と幼い男の子がいる。
  ふたりは姉と弟らしい。
  弟は姉が流れ星をみて願い事をするのをみて、何を願ったのと訊く。
  姉は「戦争がなくなりますようにとお願いしたの」と答える。
  祈る姉弟の頭上を光芒を描いて飛び去る流れ星。

  この場面ほど、美しいシーンは他にない。
  だれがなんと言おうと、どんな名画よりも美しいと思います。

  このマンガを読んだのと同じ頃、「敬虔」という言葉を知りました。
『009』のシーンに涙したあの想いが、「敬虔」という感情だったと、
そのとき悟りました。
  あれから美術館や寺院、教会で宗教画や聖なるモニュメントをみるた
びに、ふと『009』のこの場面が頭に浮かびます。
「祈り」という言葉に、ミレーの「晩祷」を連想する人は多いだろうけ
れど、わたしにとって「祈り」とは、『009』の姉弟です。

  自分の利益のために祈る人はいくらもいるけれど、見知らぬ他人のた
めに祈るなんてことが、冗談でもできるかどうか。

  いまこんな文書を書いていながら、思い出すのは、9月11日の同時
テロやアフガン攻撃にあたって、自分が祈ることなど出来なかったとい
うこと。
  原理主義者やアメリカを怒ることはできても、死者の冥福や戦争終結
を祈ることなど思い浮かばなかった。

  この作品が描かれた当時、まだベトナム戦争の真っ最中で、『009』
にもベトナム戦争を煽る死の商人「ブラックゴースト」と戦う話があり
ました。

『009』はいまや歴史となった冷戦時代のモニュメントでもありま
す。たとえば全身機械化された歩く武器庫・004=ハインリッヒは、
ベルリンの壁の犠牲者。恋人と西ベルリンに逃亡しようとして、マシン
ガンで全身を撃ち抜かれて死にかけた。その身体を機械化兵士に改造し
たのが、死の商人ブラックゴースト。

  石森章太郎のなかでは第二次世界大戦と、ベトナム戦争はつながって
いた。理屈抜きで、戦争に反対していたんですね、この人は。

  ところで、この姉と弟は石森章太郎とその姉がモデルらしい。
  石森は天才マンガ少年として東京のマンガ雑誌に作品を発表していた。
家族の反対を押し切って、上京して本格的なマンガ家の道を歩もうとし
たとき、その姉だけが味方になった。それだけではなく、一緒に上京し
て石森の身の回りを世話してくれた。

  ただ姉は若くして病死したとのことです。

  母代わりの姉と、慈母のように姉を慕う弟は、石森の『幻魔大戦』
の主人公東丈とその姉という形で再登場します。いや『ロボット刑事
K』など他の石森作品にもいろいろなバリエーションで登場する。

  石森章太郎の終生のテーマだった「平和への祈り」。
  そして聖母信仰にも似た姉への思い。そんなすべてが篭もっているか
らこそ、あのシーンはいやおうなく人を感動させる。

  こんな分析は、しかしつまらない。
  はじめて読んだときは、ただ感動しかなかった。
  それがほんとう。
  分析したり、理屈をつけるようになっちゃダメ。
  魂がその最良のものを贈ってくれたんだから、こっちも魂で答えないと。
  読書は、出会いです。
  現実のつきあいとおなじで、誠に対しては「誠」をもって応えなけれ
ば、宝石が土くれに代わる。

  あとになって宮沢賢治の「ヨダカの星」を読んだときにも『009』
のこのシーンを連想しました。
『サイボーグ009』は、戦後ニッポンの「ヨダカの星」です。

『009』の魅力はそれだけじゃない。
  人間の強さとは、なんだろう。本当の強さってなんなのか。
  そういうことを教えてくれた作品でもある。

  シリーズが進むにつれ、敵はどんどん改良されて強くなる。
  いつのまにか009たち「00ナンバー・サイボーグ」は旧式のス
クラップと敵から嘲笑され始める。
  もっとも象徴的なのは、ギリシア神話をモチーフにした最新型のミュ
ートス・サイボーグと戦ったあたり。
  最新の機能をそなえたサイボーグ・アポロンは、009の加速能力を
上回り、熱線放射能力まである。
  そのアポロンが、009に他に特殊能力はないのかと嘲笑いながら訊く。
  009には、加速能力しか武器はない。
  アポロンに答えた009の言葉も、また永遠に記憶に残る科白です。
「あとは勇気だけだ」

  いまでも、この言葉を思い出します。
「あとは勇気だけだ」
  どんな暮らしをしていても、やっぱり最後はこれ。

  身に付けられる武器なんて、たかがしれている。
  パソコン、PDAなんて情報機器はもちろん、ITだろうが、情報武
装だろうが、そんなものは時代が変わればどんどん古くなる。
  新しいものが出てくれば、すぐに役に立たなくなる。

  だから、頼りになるのは、「勇気だけ」。
  これは春秋戦国時代から、現代まで永遠に変わらない真実です。

「あとは勇気だけ」
  贈る言葉として、これほど素晴らしいものがあるでしょうか?


  ところで、おっさん、おばさんになったわたしらは時として忘れがち
ですが、子どもの頃や十代の頃って、なんだか人と違っていることが不
安でした。

  今だって不安なのは同じかもしれない。
  でも、人と同じことをしていれば安心という時代は終わりました。
  人と同じことをしていないと不安だというままだと、この先きとても
生きてはいかれない。自分にとって、なにが出来て、なにが大切なのか。
人と違う自分を受け入れなければダメです。なにがダメって、まわりに
いる他人の行動・生き方を真似するだけだと、ほんとにあぶない。

  いまの大人やその鏡像のおにーさん・おねーさんは、死出の旅に向か
うレミングかもしれない。
  レミングの群れに加わって、行進するのは安心かもしれないけれど、
目の前が断崖絶壁があっても逃げられない。いくら悲鳴をあげても、後
ろから押されて落ちる他ない。

  サイボーグたちは、いつも人間ではない自分に悩んでいる。
  臓器を機械に置き換えられた彼らには、人間に戻る方法がない。
  今ならクローン技術を使うという手もありますが、なにせもう半世紀
近く前の作品だからそんなバイオテクノロジーは予想されていなかった。

  だからサイボーグたちの本当の敵は、自分なんですね。
  人から機械の化け物といわれる自分を受け入れること。それができな
ければ、「死」しか解放はない。
  現に009たちの敵だった「00ナンバー・サイボーグ」には「死」
を解放として受け入れたものもいる。

 「大切なことは、あなたがあなたであること」とはよく言いますが、
自分というどうしようもない個性を引き受けることは、自分の運命を愛
すること。
  そんなことは、なかなか難しい。
  自分の運命を引き受けることよりは、他人の目で自分をダメなやつと
見ている方がはるかに楽です。ただし、その先はいろんな意味で破滅し
かない。池田小学校の犯人や、新潟の監禁男なんかがこのタイプ。

  自分の個性を受け入れ、運命を受け入れ、裸の肉体で「勇気」だけを
武器に生きて行く。
  『サイボーグ009』は、混沌とした時代に生きる人間の、あるべき
姿をみせてくれます。

  ヒーローというのは、理想ですね。
  戦前生まれの講談世代にとって、秀吉や忍者がそうであり、戦後生ま
れにとって裕次郎や長嶋茂雄がそうだったように、時代の理想をヒーロ
ーは投影している。

  わたしにとっては、石森作品がヒーロー。
  なかでも、いちばんのヒーローは009とその仲間たち。
  かれらは、いつのまにかマンガから抜け出してわたしの心の中にずっ
と住んでいます。

  だから、どうだ――と言われても、その効能をどうこういえるわけ
じゃない。だけど、なぜか心が温かい。

  原作者の石ノ森章太郎(故人に敬意を表して、ここだけ現在の名前に
しておきます)さんが亡くなっても、009たちはわたしの心に今もいる。

  もしも、どこかに寂しい子どもがいたら、そっと教えてあげてくれま
せんか。
  むかし自分の幸せよりも人の幸せを祈った女の子がいて、その女の子
の弟がお姉さんの思いを物語にしていたことを。



追記:
  手元に資料がないので、科白は正確でありません。大筋は間違えてい
ないと思いますので、誤記があったら見逃してください。

  ところで、古いファンなら、ご存知でしょうが……。
  『サイボーグ009』は何度も中断し、そのたびに掲載誌が変わって
います。
   正確な名称は忘れましたが、神々と戦う「天使編」(?)までとそ
れ以後の作品には20年近い中断があります。
   石ノ森章太郎は、未完の「天使編」(?)をついに完成することな
く、亡くなりました。

  再開した『009』シリーズを含めると、秋田書店の新書版で21巻
(22巻?)まである。
  ただ再開後のシリーズは、円熟期の熱さがありません。
  お薦めは、最初から「地底世界編」までです。

  『009』のスピリッツは、中断後ではむしろ他の作品にあります。
  たとえば『仮面ライダー』。そして『ロボット刑事K』。
  これはTV特撮番組と企画段階からタイアップした原作コミックでは
ありますが、本質的には『009』の葛藤を乗り越える「成長物語」な
のです。

  『009』が少年の純粋さの結晶であるように、『ライダー』と
『K』は「漢(おとこ)」のファンタジーなのです。


                                                 (終)

<今週紹介した本>
題名 :サイボーグ009
作者 :石ノ森章太郎
出版社:秋田書店、メディアファクトリー

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◆ 編集後記:

  久しぶりに発行できました。
  そして2002年最初の発行でもあります。

  昨年までを振り返ってみると、岩波文庫・日本古典のめぼしいところ
は、超大物を残してほとんど読破できました。
  今年こそ、「千年の恋」の原作に挑戦するしかない。
  どうも気乗りがしないのですが、気合でなんとかなるでしょうか?

  おっと、そういえば軍記物で「義経記」と「太平記」がまだ残ってい
る。どっちかといえば、レデイ・パープル(笑)よりも、そっちの方が
面白そう。
  ただし、これには岩波文庫版がない。
  『義経記』はあるけれど、記念復刊してくれないと入手できません。

  うーむ。
  やっぱり、レデイ・パープルとのバトルは避けられないか……。
「戦わなければ生き残れない!」
    (@仮面ライダー龍騎)

  ところで、日本の古典を読んでいくと、中国を避けて通れませんね。
  書き手が中国古典の知識を前提にしているから。
  今年は漢文体系にも挑戦したい!――と思います。


            工藤龍大

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