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■    ■                                      No.030  03/07/21    
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■        ■      ドラゴニア通信                                  
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==== Index ===================================================

01: 近況のご報告
02: エッセイ「疑惑の論語」
03: 編集後記

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◆ 近況のご報告

  久しぶりの「ドラゴニア通信」です。
  昨年末から忙しくてなかなかメルマガを出せない状態です。
  肝心のホームページも更新状況は冷や汗もの。

  変り映えしない内容で読書日記だけ更新しております。
  このごろは週末以外では本を読む時間さえとれないのが悩みのたねです。

  ところで最近アイヌ語の独学を始めました。
  参考書だけはそろったので、ぼちぼちと読んでいます。

  いまどきなぜアイヌ語なのか。
  自然と触れ合えないこのごろの生活が理由でしょうね。
  アイヌ語と並行して北海道のアイヌ語地名を調べていると、郷里の北海
道の自然を思い出します。

  北海道の市町村の名前は、アイヌ語の地名からとられたものが多い。
  アイヌ語地名は場所の具体的な形容からできているので、なるほどと思わ
ず膝を打ちたくなる。
  北海道地名や東北地名の解釈を趣味とする人が多い理由はこれです。
  ガマのあるところ、滝があるところ、大きな川、沼貝のいる川、小さな
沢、大きな沢。
  こんな分りやすい地名が、北海道の難解地名のもとなのです。

  地名探しの楽しさはなかなかやめられません。


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◆ エッセイ「疑惑の論語」
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  論語第八泰伯編は、疑惑の言葉から始まる。

「子曰く、泰伯(たいはく)はそれ至徳と謂うべきなり。」

  この言葉は、周の始祖・文王の父、李歴の兄である泰伯という人物が、
末弟の李歴に王位をゆずるために、南方の蛮国に亡命して二度と故国に戻
らなかった事実を褒め称える文章に続く。

  李歴に王位を伝えたいという父の願いにかなえるために、国を出奔した
ことがすばらしいという趣旨なのだが、この種の発言は孔子には異質だと
いう。
  それどころか、禅譲伝説は初期の儒家の思想ではなく、墨子や同じ儒家
でも孟子の考えだったいうのである。

  墨子は孔子より一、二世代あとのひと。
  いわゆる堯舜の禅譲伝説も、墨子がいいだしたことらしい。
  時代は孔子の頃よりもさらに実力主義、下克上が進んだ戦国時代である。
絶対的な平和主義だった墨子は、非暴力の王朝交代という道徳的信仰を教
団の重要な教義とした。
  孟子はさらに墨子の説を取り入れ、これによって儒家にも禅譲思想が
浸透した。

  たしかに『孟子』を紐解くと、堯舜伝説や禅譲説にかなりのスペースを
割いている。

  歴史家たちも同じ意見で、「論語」に記載された堯舜伝説は後世の付加
だと考えている。

  このような箇所として有名なのは、同じ第八泰伯編の第十八、十九、二〇、
二一章である。
  第十八章では聖王舜や禹がいっさい政治に関与せず、平和な世が保たれ
たことを謳い、第十九章では聖王堯が天の道に従っているだけで、政治・
経済がうまくゆき、すぐれた文化が誕生したと賞賛する。

  さらに妙なのは、聖王舜には賢臣が五人いて天下が治まったという言葉
で始まる第二〇章である。
  周の武王には治臣が十人しかいない。しかもそのうち一人は、武王自身
の母妃太似(たいじ)だから、本当は補佐役は九人しかいない。
「人材は得ることは難しいなあ」という孔子の感想がのべられている。
  しかも結びの言葉は、周の武王は中国全土の三分の二を支配していながら、
三分の一しか支配領域がない殷に臣従していたから偉いという理屈である。

  第二〇章の論理的破綻とわかりにくさの原因は、禅譲伝説にそぐわない
武力革命を起こした武王を擁護しようとしたことにつきる。

  耐え難いまでに悪政をつのらせるまで、殷の紂王をたてて、ついに耐えか
ねて決起する−−まるで高倉健のヤクザ映画みたいな善玉の論理である。

  第二一章では、夏王朝の始祖・禹には非の打ち所がないと賞賛している。

  一見なんの脈絡もない第二一章だが、夏王朝が殷王朝に滅ぼされたことを
思えば筋は通る。
  なんの落ち度もない禹の末裔を滅ぼした殷は、究極の悪の化身だから、
滅ぼされて当然。武王にはなんの落ち度もない−−と語るにおちた結論で
ある。

  結局、第十九章から第二一章まで、一貫しているのは堯舜禹の聖天子伝
説と禅譲伝説。そして殷周革命で前王朝を武力討伐した周の武王の擁護で
ある。

  しかし、なぜ歴史家といい、註釈家といい、この部分を贋物だと考えるの
か。その理由はわたしにはおぼろげにわかるような気がする。


  孟子は聖王堯、舜、禹が手をこまねいても、政治経済はうまくいっていた
という。
  第十八章もその趣旨で書かれている。
  しかし−−聖王堯はなにもしないで無手勝流の平和な王様だったのか。
史実とはいわないまでも、伝説としてさえそれはおかしい。

  禹の父親である鯀(こん)を軍を興して討伐したのは、堯である。
  舜への禅譲にあたっては、他の有力家臣たちも討伐している。
  もしかしたら、討伐をしたのは舜自身かもしれない。
  そのような伝承もある。また他ならぬ舜の死に方も気がかりだ。

  聖王舜は南方へ狩りに出かけて死んだ。
「巡行して死す」とは春秋では反乱鎮圧に出かけて、戦病死することを意味
するらしい。手をこまねいて平和な政治ができたわけではない。

  しかも舜は父親に殺されかけ、弟の象(しょう)には始終生命を狙われて
いる。舜の父親の息子に対する憎悪は不可解というほかはない。
  舜ほどの孝行息子は世にも希だと思うのだが、舜が王位についてさえ屋根
の上で焼き殺そうとしたり、井戸で生き埋めにしようとしたり、泥酔させて
自ら刺殺しようとさえした。

  象にいたっては、先王堯が兄に娶わせた二人の娘に横恋慕して兄の生命を
つけねらったのだから、この親子はどうかしている。

  この伝説は『孟子』にさえ書かれている。
  歴史家でもあった孔子がしらないはずはない。

  孔子はおめでたい道徳家ではない。政治の実態をその身体で体験した政治
家でもある。

  さらにいえば、舜にしろ禹にしろ数十年間、宰相として前王を補佐している。
決して何もしていないわけではない。

  そういったことを踏まえると、第十八章、第十九章はどうしても孔子本人の
言葉とは思えず、後代の付け足しの感が否めない。

  古典と呼ばれる本には往々後世の文章がまぎれこむ。
論語だけではなく、「老子」や「荘子」にさえそうしたケースがある。

  古典とつきあうには、無条件な信頼だけでは足りない。
  ときには用心深さも居る。

  だからこそ、古典は面白いといえる。
  ここちよく騙されながら、眼力をあげてゆくのが古典と末永くおつきあい
するこつである。

                                                 (終)


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◆ 編集後記:

  時間と体力の関係で、今回もさらりと流した感じのメールマガジンとな
りました。

  とはいえ、このメールマガジンもまめに発行していないと発刊停止にな
ってしまいます。

  中身を濃くして、しかも継続的に出したい−−とは思っているのですが。
  次回こそは思いつつ、今回はこれまで。


                                          (終)

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ドラゴニア通信:  歴史文学と鉄人的読書日記のサイト「ドラゴニア」
発行者:          工藤龍大 (C)Copy right 2003 
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