新宿を特集した「荷風」という雑誌が創刊されました。 ただ、あれはカルチャーおじさんのアンテナにはあまり反応しないような気がします。 カルチャーおじさんは「冬のソナタ」に熱中はしても、「荷風」で紹介される風俗店ルポにはあまり興味がないからです。 まじめでいい人で押しが弱くて、動物的精力に乏しいのが、カルチャーおじさんなのです。 さて、カルチャーおじさんが詳しいものは、もうひとつあります。 それは「お酒」。 「酒が呑めない人はどうなるの」という疑問はこの際、無視します。 わたしはタバコが大嫌いなので、葉巻やパイプという大人の趣味にはまったく理解がありません。それでも幸せに暮らしています。喫煙文化というものがあることは承知していても、生涯それに参加する意志は持ちません。 それでいいのです。だから、酒が呑めない人は別の分野で幸せに生きていけることをお祈りしています。 話を戻すと、「サライ」も「自遊人」も酒にはかなりエネルギーを注いでいます。 「自遊人」では、俳優・奥田瑛次が本格焼酎の蔵元を訪ねる連載をはじめました。 「サライ」では「銀座旨いもの巡り」と銘打って、名店を紹介していますが、さすがに店で出す日本酒もしっかりチェックしている。こうでなくては、おじさんをひきつけることはできません。 ところで、最近日本酒といえば、焼酎・泡盛がブームで、スーパーなどでは清酒は大手メーカー以外は全滅しているようです。 吟醸酒をこのむ酒呑みは、スーパーでは絶対に買わないから仕方ないとはいえ、パックつめのアルコール添加の酒しかない現状にはかなり不安ですね。 清酒に肩入れしてあげないと、蔵元がつぶれて、日本酒文化がなくなりそうです。 焼酎と泡盛はたしかにうまいけれど、もともとコストと手間が数倍かかる純米酒が全滅したら、この国は闇だ! そこで日本の酒文化を守りたいおじさんのために(そして、もしかしたら正義にめざめた若者とお嬢さんたちのために!)、紹介したい一冊があります。 『知識ゼロからの日本酒入門』(尾瀬あきら:幻冬社)がそれです。 著者は『夏子の酒』の尾瀬あきら氏。 上原浩氏の『純米酒を極める』『カラー版極上の純米酒ガイド』(どちらも光文社新書)をより噛み砕いてくれた印象があります。 尾瀬あきら氏の酒に対する愛情と、蔵元への尊敬は、作品を読めばよくわかる。 某美食まんがの非ではない。 『夏子の酒』で披露された作り手の苦労を、「ぶらり蔵紀行」でレポートしてあるのも嬉しい。 いまは蔵元にとって、とても大変な時代なのです。 焼酎や泡盛の蔵元だって、飽きっぽい消費者が相手ではおちおち安心して商売できないでしょう。 カルチャーおじさんは、純米酒という正しい日本酒を作ってくれる蔵元を応援しなくちゃいけないと思います。 ワインやシングル・モルトの薀蓄をたらしているだけじゃいかんです。 (わたしはどっちも好きだけど……) 文化を継承し、育てあげ、時代にわたすのが、カルチャーおじさんのポジションとジョブです。 |
鉄人28号の連載がはじまったのは、昭和31年(1956年)。 ラジオドラマが昭和34年。 なつかしの白黒アニメが昭和35年。 実写版(着ぐるみの鉄人!)が昭和32年(1963年)。 現在東京テレビで放映中の鉄人が懐かしいのは、昭和20年代後半から30年代初めに生まれた人です。 50代から40代のおじさんたちということになります。 鉄人は女の子がみるものではなかったから、おばさんたちには懐かしくもなんともない。 20世紀後半からこの国では大人の男の文化が壊滅しました。 当時のおじさんたちのカルチャーといえば、マージャン、プロ野球、ゴルフ、競馬、演歌。 バブル時代があって、少しはカルチャーおじさんも出現するようになって、オペラやワイン、日本酒(地酒!)を趣味にできる時代になった。 現在は、ロック世代がおじさんになり、日本公演に来る往年の人気アーティストに大挙おしかけるようになった。 そして、マンガやアニメが「文化」として市民権をえた。それどころか、国策としてマンガ、アニメを輸出産業にするようになった。 わたしはロックが嫌いなので、来日アーティストには興味がないけれど、ずっとアニメ・ファンをやってきたので、マンガ・アニメ好き系カルチャーおじさんとなります。 昭和30年代のマンガ・アニメ好きおじさんは、この他に難しい本が大好きで、やたらサブ・カルチャーに詳しく、世間的にはぱっとしないという特徴をそなえています。 ついでに、英会話の発音は悪いけれど、難しい英語の本ならすらすら読める人が多いというのも特徴です。 この国の経済成長にほとんど寄与していない無駄飯食いの世代ではありますが、与太郎の習性としてむだなことが大好きというすばらしい嗜好があります。 わたしの含めてなんですが、この役立たずの「おじさん」たちが最近「大人」にめざめてきた気配がありますね。 それは年齢のせいばかりとはいいきれない気がします。 子ども文化の「鬼」といっていいこの人たち(いまだにマンガ・アニメの現役声優が分かったり、朝8時からアニメ・特撮ヒーロー番組をみている!)おじさんたちのアンテナに、「大人」がぴぴんとかかってきた−−というところでしょうか。 すでに池波正太郎や藤沢周平で「大人」のカルチャーにあこがれた今のおじさんたちに必要なのは、背中を押してくれるなにものかだけだったのです。 子どもカルチャーの「鬼」だったおじさんたちは、いまや「アニメージュ」や「ニュータイプ」のほかに、「サライ」「自遊人」「オプラ」にも手を伸ばしつつある。 そのキーワードが「子どものいない大人の東京」です。 これは、「自遊人 七月号」のキー・フレーズですけど。 もう運動する気力もないアンチ体育会系のおじさんは、銀座に熱い視線を送っている。 体育会系は風俗のほうへ走るけれど、カルチャー化したおじさんは若いときフェミニズム系論客の難しい本を読みすぎたので、そっちには興味がなかったりします。カルチャーおじさんは、暴走した母性文化に去勢された日本の男の子たちの先駆者でもあるのです。 前置きが長くなりましたが、今回読んだのは「自遊人」七月号の「あなたの知らない東京案内」とサライの銀座特集。 東京都知事の写真が表紙なので手に取ることがためらわれる「自遊人」でしたが、銀座以外の「大人」の東京をとりあげているのが嬉しい。 都知事の写真を掲げているあたり、この雑誌の本来のターゲットが現役引退世代であることは間違いないけれど、そんなことはどうだっていい。 問題はいまどきのカルチャーおじさんに面白いということです。 財閥の邸宅や旧華族邸を改造したお屋敷レストランや、明治〜昭和期の戦前建築に逸物の紹介には、カルチャーおじさんにするどく突き刺さります。 またサライで紹介された銀座の鳩居堂の毛筆だの、他の名店の風呂敷、ステッキだのにもびびっとくるものがある。 骨董の名店、クラシック・カメラ、紳士ご用達高級デパート(!)「和光」、陶器、包丁・ナイフ、プロ仕様の厨房道具と、これだけ並べられたら、頭に血が昇るのがカルチャーおじさんです。 「サライ」6月17号は、同好の士(?)には無条件でおすすめですね。 ちょっと長くなったので、続きは翌日の日記で。 |
今週のお題はビジネス関係と、心理学をひとつずつ。 『新世代ビジネス、知っておきたい60ぐらいの心得』(成毛真)を読みました。 マイクロソフト元社長の成毛氏が、投資会社を始めたことはよく知られています。 成毛氏がビジネスパーソン向けに書いた現代企業論が同書です。 アメリカ型経営を導入して日本マイクロソフトを発展させた御本人が、アメリカ型資本主義に追従するのは危険と指摘しているのが面白い。 いまのアメリカが世界の孤児になりかけているという成毛氏の予想は、いまや現実となりつつあるようです。 上場は企業経営にとって不利とか、大企業がなくなるなど刺激的な見出しが並んでいます。読んでみると、意外なほどすっきりと説明されている。 軽い読み物ふうなので、ほんとかなあと思いつつ、納得させられる。 この人は有能なマーケッター・営業マンだったんだと改めて思いました。 それにしても、60ぐらいの心得というのが笑える。 この本には、エピローグを含めて、57しかトピックがありません。 この種のビジネス本では、なんとかこじつけても、60きっかりにそろえるのが普通だと思います。そうしていないのを、発想が豊かというべきか、世の中をなめているというべきか。 全面的には信頼できるかどうかはよくわかりませんが、なんとなく爽快な本であることだけはたしかです。 心理学関係で読んだのが、『心の謎を解く150のキーワード』(小林司)。 講談社ブルーバックスの一冊で、内容はメンタル・ヘルスのカタログ本というところ。 こちらはきっかり150のキーワードを見開きで解説しています。 総花式にメンタル・ヘルスの専門語、流行語がわかる反面、つっこみが浅いのが残念。本の性質からやむをえないとはいえ、詳しいことは巻末の「文献リスト」のあげられた本を読むほかありません。 こうしてみると、今週の読書は不調ですね。 来週には怪我もよくなるから、もっとしっかりした本が読めるかな。 |
本日は、雨。 片手が不自由なので傘をさすのが面倒です。今日は散歩は無理かな。 運動をしないといけないけれど、仕方ないですね。 ところで、このごろ心理学が面白い。 占いに凝った次に、心理学というのは当たり前すぎて、なんとも言えないものがあります。 これも人間探求をめざすというプロセスです。 さて見通しをつけるためにいい本がありました。 『わかりやすいあなたのための心理学・入門』(別冊宝島)がそれ。 心理学は俗流(占い系と実用本)、オカルト系(ニューサイエンスを含む)、カウンセリング系、アカデミズム系といろいろあってわけがわからない。 エニアグラムとか、ユング心理学にはまるには、少々すれっからしなわたしにとって、手近な心理学入門書はあきたらない。 (翻訳版のフロイト全集を読破して、フロイトの『夢判断』とか、『ヒステリー研究』をドイツ語で読んでいるのです。) 精神分析とユング心理学については、素人としてはかなりの知識があると自負しています。 ただ他の分野がどうなっているのかはよくわからない。 プロファイリングとか、トロウマ論(問題行動を乳幼児期の育て方に還元する一派)は、使えるのだろうかーーという疑問はなかなか解けない。 別冊宝島のひとつである本書には、オカルト系とカウンセリング系をのぞいた専門家たちが寄稿しているおかげで、ずいぶん見通しがよくなっている。 カウンセリングについては心理療法という別のジャンルということなのでしょう。オカルト系は仲間はずれになっても仕方ないかな。 見通しがよいのは、心理学者の棲み分け地図で、内容はといえば相変わらずのどろどろですね。 混迷とカオス状態が心理学の正しい姿というフロイト時代からの実態は、現代でもたいしてかわっていないようです。 ところで、「無意識」という概念については、フロイト派でありユング派心理療法家であれ、入門書のかんたんなモデルが省みられなくなっているのが面白い。 氷山のように大海に浮かぶ無意識のうえに、うすっぺらな自我=意識がのっかっている−−というフロイト、ユングのモデルはあくまでも説明のための模型にすぎない。 実態としての無意識などない−−大乗仏教の唯識派(法相宗)が聞いたら思わず膝をうつような認識が診療の前線にたつ人たちの共通認識のようです。 患者の言説と行動から、ストーリーを組み立てることで、神経症がなおるというのがフロイトに由来する心理療法の実践知です。 だから、父親にレイプされたというストーリー(虚構)を組みたてることで、症状が軽減するならよしとする療法家の態度が、かずかずのトロウマ理論を生んでしまった。 乱暴にまとめると、こういう状況のようです。 無意識とか深層心理とは、ブラックボックスである人間の心理をあらわすメタファーにすぎないのです。 そういうものは、人間の言語やイメージのつらなり、関係性の束と解釈するほうがよいというのが現代心理学の結論です。 そういうことがわかっただけでも、この本はずいぶん役に立ちました。 |
先週、転倒事故で怪我したほかは、まあまあ普通の週でした。 こんなことで「ついていない」と思うのは甘すぎる。 骨にひびがはいったくらいで良かったと思います。 ただ重いものがもてないので、通勤に文庫本をかかえていけないのがつらいところ。 もっぱら英語版ニューズウィークを読んですごしていました。 ここのところあまりピンをくるニュースもないですね。 読書日記にとりあげたいネタはありませんでした。 本棚から NHK 人間講座のテキスト「ユビキタス社会がやってきた」(坂村健)をひっぱりだして読んでみました。 IT 業界の末端にいる身としては、目新しい情報はありませんが、坂村氏の情熱とビジョンにはいつも頭が下がります。 いまやコンピューティングの世界で、PC のような形の情報処理機器は CPU (中央処理装置) でみてゆくと、全体の占有率の 2 パーセントしかない。 あとは携帯電話や情報家電、工業制御機器の組み込み型が占めている。 ソニーが PC のミニチュア版というべき PDA 業界から撤退を決めたこともあり、パーソナル コンピュータの時代は終焉にむかいつつあるようです。 その後にくるものは、利用者からは見えないコンピュータ、つまり組み込み型 OS をつかった「組み込みコンピュータ」。携帯電話で使われているあれです。 自動車のナビもそう。これが洗濯機、自動炊飯器、家のキーにまで搭載されていく。 坂村氏の指摘でわかったのですが、たぶんそのとき Windows は主流にはなれないでしょうね。組み込み型コンピュータに使うには、Windows の基本設計である「タイム シェアリング システム」を捨てる必要がある。 ひるがえっていえば、「タイム シェアリング システム」があるからこそ、MP3 で音楽を聴いたり、パソコンでテレビをみながら、ワードで文章を書くことができる。 見えない組み込み型コンピュータは優先順位をつけて、ながら作業を許さない「リアルタイム処理」が必須です。 坂村氏のトロンは、こちらを採用した OS であるがゆえに、安定性が抜群に優れている。ユビキタス コンピューティングの世界で求められる資質は、やはりトロンがいちばんだと思います。 それにしても−− 坂村氏のような独創的な人がいるかと思えば、アメリカの業界標準に盲目的に追従することが唯一の正しい戦略と考える「バカの壁」の見本みたいな人がアカデミズム、産業界、官界にはなおもはびこっているらしい。 アメリカが某社を見捨てたら、そういう人たちはいっせいに旗色を変えるだろうから、あまり気にする必要はないでしょう。 バカは死んでもなおりません。 これからは坂村氏のような素敵な日本人が世界をかえてゆく時代です。 NHKのテレビ講座テキストではありますが、この本を読んだおかげで幸せな気分になりました。 |
© 工藤龍大