よほど疲れていたせいか、昼まで寝る。 Windows ME のパーソナル・ファイアーウォールとアンチウイルスを入れ替えて、午後を費やす。 床屋にいって帰ってきたら夕方。 仏教関係の調べものをする。 西洋史のサイトとして始めたくせに、最近は日本・中国仏教の調べものをするために読書することが多い。 この国を調べようとすると、どうしても仏教にぶつかる。 ぎゃくにいえば、日本仏教と中国仏教がわからないと、この国の成り立ちがよく分からないようになっている。 本居宣長の「やまとごころ」は、イデオロギー的な創作(同語反復?)の産物だ。 文化は純粋培養というか、不純物なしの元素結晶としては存在できない。 異分子が対立、並存するところに成立する。 古代黄河文明であれ、古代メソポタミア文明であれば、文明の発祥した地域は異なる文化の接触点だ。 仏教を調べていくと、インド文明だけでなく、アニミズム、道教、山岳宗教といった東アジア的基層にぶちあたる。 ここまで掘り進むと、辞められなくなる。 いまは法然、親鸞の全集をひっくり返しながら、二人に関連する人物相関図を調べている。おかげで平安末期や鎌倉初期の社会がみえてくるから愉快だ。 週刊誌を読むような気分で、吾妻鏡や愚管抄を眺めたいと思っている。 資料として読むものはまだまだたくさんある。 不勉強ともいえるが、先が楽しみと考えることにしている。 追記: テレビでK−1をみた。 武蔵はいつもと変わらぬ戦い方で安心できる。 藤本祐介の活躍は爽快だった。 元 Yokozuna はもう打撃系はやめたほうがいい。 あのお腹をみていると、悲しくなった。 人のことは言えないが、なんとかやせようと努力しているせいか、体を絞れない格闘家を暖かい眼でみることが難しい。 ......頼むから痩せてくれ、曙。 |
ウィークデイに、マイクロソフトのポータルサイト作成ソフト SharePointPortal サーバーの使い方をマスターするべく苦闘し、エクセルでテクニックを駆使した入力ファイル(!)を作っていたせいか、くたくた。 なにもせず、ぼーっとするうちに夕方になった。 重い身体を引きずって、渋谷の NHK ホールに綾戸智絵のコンサートを聴きに行く。 なぜか方向感覚を失って、渋谷駅から NHK ホールにたどり着けない。 開演寸前に席に着く。 コンサートは中年以上のお嬢さんが多かった。 綾戸と同世代以上の方々だろうか。(ご本人は、20年と20年と8年、生きてきた由。) パワフルな歌唱だが、単調な感じだった。 こちらがくたびれてついていけなかったせいかもあるだろうか。 それでも疲れはとれたような気がする。 (ひょっとすると、居眠りしていたせいかもしれないが......) 夕食が遅くなったので、ビール、純米酒、シングルモルト、ラムのストレートと数値を省みない暴挙に出てしまった。 おかげでぐっすり眠れた。 |
連休を利用して、京都の大原に行ってきました。 行きの新幹線では、岩波文庫の『法然上人伝絵巻』と『教行信証』を眺めて、準備怠りないように務めました。 折りしも、京都は祇園祭。 こちらは別件もあり、祇園祭りはパスして、大原に直行です。 詳しい話は後日書くことにして、がっかりだったのは寂光院。 平家物語の「小原御幸」が頭にあるので、どんな優雅な風情かと「ふらつく足」で(大原にいちど行けば、なぜ足がふらつくかすぐに分かります)行ってみると、そこはみやげ物屋が軒を並べる観光名所。 「さて女院の御庵室を叡覧あるに、軒には蔦、朝顔這ひかかり、荵(しのぶ)交じりの萱草(わすれぐさ)、瓢箪しばしば空し」 平家物語の世界はどこへやら、コンクリート製の本堂に、境内のあちこちで無粋な工事中の足場が...... 帰りのタクシーの運転手さんに聞くと、寂光院が数年前に放火されて、今年六月にやっと再建して拝観できるようになったとのこと。 ちなみに、犯人はいまだに不明だとか。 すっかり風情がなくなったと、運転手さんも同情する口ぶりでした。 ところで、大原は日本一の紫蘇(シソ)の生産地だとか。 シバ漬けは大原の名産だそうです。 おかげで漬物屋さんがいたるところにあります。 ところで、漬物屋さんの店先にあった案内に、シバ漬けの意外な名づけ親の名前がありました。 その人の名は、太政大臣平清盛公のご息女にして、第八十一代天皇・安徳帝のご生母・建礼門院徳子さまでした。 ほんとかな? ちなみに、日本国で漬物を最初に考案したのは、天台座主・元三大師良源とされていますが、こちらも沢庵和尚=沢庵漬けの発明者説と同じくらいに考えておいたほうが良いようです。 |
個人的な備忘録−−です。 都議選に行く。 書庫を整理する。 あいかわらず本が多い。 そして、読んでいない本もまた−−。 人間、いつ死ぬかは神のみぞ知る。 なんとか時間をみつけて、読んでやろう。 行方不明だったウェールズ語の入門書をやっと見つけた。 趣味のケルト文化研究の一環として、かならず仕上げるつもり。 |
『デウスの棄て児』(嶽本野ばら)を読みました。 野ばら氏には珍しく歴史小説です。 ポルトガル人との混血で、グノーシスの知識を備えた超能力者、天草四郎が主人公。 グノーシス派、異端審問、少年愛、狂信者、隠れキリシタン、葡萄牙+西班牙の世界支配(?ハプスブルク家の野望?)となかなか道具がそろっていて、いい意味で少女マンガ的です。 天草四郎(洗礼名ジェロニモ)は葡萄牙商人と日本人の間に生まれた不倫の児。 葡萄牙で育ち、異端グノーシス派と結託した狂信者の神父の性的おもちゃとなる。 異常な超能力を身につけたせいで、実父から母ともども日本へ捨てられ、天草の農民反乱の首領となる。 このように書けば、よくある歴史ファンタジーにすぎないようにみえます。 中身は、野ばらワールドが全開。 高ビーで、性格の歪みきった美少年があばれまくり、世の不正と「神(デウス)」と戦うストーリは、けっこう笑えます。 笑えて、ほろりとする「乙女チック」がとまらない野ばらワールド。 このお兄さんがどんどん好きになってます。 もっと読みたいけれど、野ばら氏の本ておじさんの通勤途中にある本屋にあまりないのが困りモノです。 ロリータちゃんがたむろする界隈なら、もっと見つかるんでしょうか。 『ブレーメン II』(川原泉)と『デル・カント・パジェット』(坂田靖子)を読む。 『デル・カント〜』の調達が遅れて、一ヶ月待ってようやく到着。 坂田靖子はひょうひょうとした独特の世界で遊ばせてもらった。 カーラ教授の川原節はあいかわらず絶好調。 『ブレーメン II』では、なんども泣けた。 教授の博識は、一流作家の域に達していますね。 くすりと笑うか、ははあーっと感心するか。 手玉にとられているのが楽しい。 この作品は、よく考えると、コードウェイナー・スミスなんだけど、ほのぼの人情ものになるあたり、やっぱり教授はすてきだ。 原型となる作品が、『空の食欲魔人』に収録されているらしい。 あーあっ、また発掘しなければならない本がふえた。 ♪はいほー、♪はいほーっ! |
タイムラグがありますが、先週日曜日に東京都現代美術館「出光コレクションによるルオー展」に行ってきました。 最終日だったけれど、ゆっくり観ることができました。 ジョルジュ・ルオー(1871年−1958年)は、ギョスターブ・モローの弟子だったんですね。 展示されていた初期の絵をみると、なるほどモロー作品にタッチがそっくり。 そこから出発して、あそこまで変わるかと感心しました。 ルオーはなんといってもキリストの顔がいい。 このところ、しんどい日が続いたので、うつうつとした気分を引きずりつつ、あのキリストの顔に会いに行ってきました。 半蔵門線の清澄白河駅から歩いて10分くらいなんで、出かけるのがおっくう。 よっぽどやめてしまおうかなと思いつつ、やっと出かけたのでした。 行ってよかった。 ルオーの絵に癒されます。 現代絵画の殺伐とした雰囲気がなくて、中世芸術の祈りがある。 ルオーは絶望をのりこえる意志の人でした。 恐怖に背中を押され続ける「勝ち組」意識や、絶望といらだちに自己表現を求めるゲージュツ。 こんなものばかりに囲まれている自分が、つくどく哀れに思えます。 出光美術館の創設者出光佐三が売りに出されたルオー・コレクションを買ったのは、評論家のすすめもあるが、運命の出会いとでもいうべき衝撃を感じたからでした。 当時、出光佐三は白内障でほとんど視力を失っていた。 その見えぬ眼で薄明かりのような状態で、懐中電灯を手に顔をキャンパスに触れんばかりにして、ルオー描くキリストの顔をみた。 そのとき出光の魂が、ルオーにであったのです。 このとき購入した油絵連作「受難」が展示されていました。 また、出光が連作をすべて買い取ったことに感動したルオーの娘たちから寄贈された版画集「ミセレーレ」も展示されていました。 これは、父の遺言でルオー家に秘蔵していたものですが、娘たちが日本へ持参して出光に寄贈したとのことです。 こうしたエピソードは図録を買って知りました。 ただ「ミセレーレ」についているフランス語(日本語訳つき)を読み、「受難」の油絵をみていると、しぜんと涙がでてきます。 われながら、ほんとにつらく生きているんだなあ。 「受難 23 思い深いまなざし」という眼をふせたキリストの絵がいちばん好きです。 ベンチに座って、その絵を遠くから長いこと観ていました。 ルオーのキリストは目を伏せています。 まなざしをみることはできないけれど、「思い深い」という言葉がぴったりでした。 この絵にであえた幸せは、どう表現したらいいのか。 わたしにはわかりません。 購入した図版「出光コレクションによるジョルジュ・ルオー展」 追記: ところで、この日は、椿山荘でディナーバイキングにも行きました。 ダイエットを忘れて、食事とお酒を堪能したあと、ホテルの庭でほたるを鑑賞。 また行ってみたい。 |
© 工藤龍大